【米国経済】米国雇用統計、ハードランディングとソフトランディングの分水嶺
先週発表の米国雇用統計が市場予想通り、失業率が4.2%とやや改善した。市場はNYダウや原油価格等軒並み下落で反応し、景気後退を強く意識した反応だった。非農業部門雇用者数が予想を下回ったためと考えられる。
筆者はこれまで米国経済はハードランディングを予想して来たが、失業率が悪化しなかったことや今月からFRBによる利下げが始まることがほぼ確定していることから、本当にハードランディングに至るのか、その分水嶺に到達していると考える。状況は複雑化している。今後の米国経済について主に雇用の観点から考察していく。
【8月雇用統計の結果】
非農業部門雇用者数・前月比:14.2万人(予想:16.5万人)
失業率:4.2%(予想:4.2%)
平均時給・前月比:0.4%(予想:0.3%)
平均時給・前年比:3.8%(予想:3.7%)
注目点は肝心の失業率は市場予想に一致し前月よりやや改善していたこと、非農業部門雇用者数が前月より改善したものの市場予想を下回り、過去1年の推移を見ても先月分含め最低値付近であることだ。
これまでの記事で何度も言及しているが、失業率は悪化時には急激な上昇をすることがほとんどである。次月以降は再度悪化する可能性が高いが、一旦小休憩である。雇用者数減少から米国景気は下降していることがわかる。
ソフトランディング期待が残存している市場は、これから景気後退をもう少し織り込んでいくことになるのだろう(というか、今まで織り込んでいなかったのであれば、かなり不思議ではある)。一方で、雇用者数減少についてはJOLTS求人件数やADP雇用者数で既に確認済みの事実で、過去数ヶ月に渡って続いていた傾向である。従って、雇用者数減少だけで株価の大幅下落を招くとは考えにくい。今回の雇用統計の結果はソフトランディング期待を完全に打ち消すには少々弱い内容に感じた。それ故に、先週の雇用統計後の全面安という市場反応に対してやや不可思議な印象を受けた。
【米国の各種経済指標】
求人数や雇用者数の減少は各種経済指標から既知の事実である。主要な指標について確認しておこう。
- JOLTS求人件数:2021年3月をピークに下落傾向で7月分は767万人である。ピークから35%求人数が減少している。ただし、それでもなお、コロナ前と同程度の水準である。
- ADP雇用者数:8月は9.9万人増と3年半ぶりの低水準である。コロナ前と比較しても明らかに低水準で、リーマンショック後〜コロナ前の期間ではほとんど見かけない水準である。
- 労働参加率:8月は前月同様に62.7%と、コロナ前の水準に戻ってきている。ただし、コロナ前とコロナ後を全体的に比較するとコロナ後の方が低水準である。
- 失業保険申請者数(毎週発表):現在のところ急激な上昇は見られず、20万人台の前半で安定している。これはコロナ前の水準と同程度であり、リーマンショック前後の水準からは明らかに低い水準である。
- 米国第二四半期GDP:前期比年率2.8%増と堅調。
- 米国家計の状況:今年5月時点で過剰貯蓄は払底し、家計債務は過去最大。クレジットローン延滞率は上昇傾向。
- コア個人消費支出価格指数:7月は2.6%。2022年以降下落傾向が続くがそれでもコロナ前よりは高水準である。
- NYダウの実質EPS:コロナ前よりやや高めの水準。
上記から読み取れるのは、米国GDPの約7割を占める個人消費は減速しており、個人消費を支える家計は債務が膨らみ余力が無くなっている状況である。そして、その影響を受けて企業活動も縮小されて求人数や雇用者数の減少が続いているということである。一方でGDPは堅調でそれを裏付ける企業業績は悪くないという、よく分からない状況になっている。労働参加率はコロナ前の水準に完全に戻っておらず、企業業績が落ち込んでいないことから大規模な倒産や解雇が発生せず失業者数もコロナ前の水準よりも増加していない。(ただし、全体的に景気減速傾向なのは間違いないだろう)
今後さらに景気後退が進めば、大手企業の倒産や大規模な解雇が起きる可能性があるが、現在のところその兆候はまだ見られない。(きちんと確認できるのは、第二四半期決算になる。)
連邦中小企業庁によると米国の雇用は日本と異なり、大企業が全米雇用の約半分を担っている。8月のADP雇用者数では小規模事業所の雇用者数が唯一減少している。つまり、現在の米国では主に中小企業の経営状況が比較的悪化しており、もしかすると倒産等も増加しているかもしれないが、それがまだ経済全体には完全に波及していない状況なのかもしれない。一般論として、高金利の状況では財務基盤が脆弱なスタートアップや中小企業が大手企業より影響を受けやすくなる。
【まとめ〜FRBの利下げは間に合うのか〜】
9月FOMCで利下げが予想されるが、それによって米国経済が持ち堪えるのか要注目である。現在のところ、ハードランディングとソフトランディングを語る上で重要なのは上述の通り大企業の業績であり、NYダウは大企業で構成されている。きちんと業績を確認できるのは第二四半期決算からだが、それまでに失業者数や失業率の急上昇が起きないか毎回確認が必要である。
これから利下げサイクルが始まった場合、恩恵を受けやすいのはより債務の影響を受けやすい中小企業や家計である。さらに、債券価格の含み損を抱える銀行も恩恵を受けるかもしれない。(筆者は米国個別株には投資していないので、細かいところは分からない。また、バークシャーハサウェイが銀行株を売却しているのも不気味ではある)
FRBが利下げを開始したとしても依然として高金利であることに変わりはなく、米国経済の減速は続くだろうが、うまくいけば過度のハードランディングは避けられるのではないか。今、タイミング的にはその分水嶺に到達していると言える。
※米国経済ハードランディングの度合いが緩和されればされる程、日経平均の底値も高くなる。それは日本株投資家にとっては喜ばしいことである。
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