【ドル円・米国株・日本株】第二次トランプ政権の経済金融政策の影響度について
米国大統領選挙にトランプ氏が当選後、市場はドル高、円安、米株高という所謂トランプラリーで反応している。大統領選挙期間中のトランプ氏の発言や予想される政策から、その反応はある意味正しいと言える。問題はこれからも継続するかどうかである。
22日にはトランプ氏による財務長官の指名も終え、主要閣僚人事は出揃った。今回は来年1月にトランプ政権発足後の政策実現性や影響度を考えて、このままトランプラリーが継続するのかどうかや株式市場への影響を思索していきたい。
【トランプ政権の想定される経済政策について】
トランプ政権下で実施が想定される政策は主に、関税強化、規制緩和、減税、化石燃料生産促進、財政支出抑制の5つである。これら以外にも存在するが、現時点で報道がなされ、経済効果が意識されているものついて考えていきたい。
①関税強化
トランプ氏は大統領選挙期間中に関税について「関税は最も美しい言葉」と述べており関税強化に意欲的である。内容は中国に60%、メキシコに25%(自動車等は100%)、その他の国に対しても一律10〜20%の関税を追加で課すというものである。専門家等からの、第一次トランプ政権時やトランプ氏の性格からディールの取引材料の一つなるとの言説もあるが、想像の域を出ない。何にどの程度、どの国にどの程度、関税を追加で課すのかは現時点で不透明である。
トランプ氏が指名している次期政権の閣僚人事では、対中シフトが鮮明になっているので中国に対してはある程度の関税強化が想定され、迂回した輸入で関税を回避した動きを防止する為にメキシコに対してもある程度の関税強化は想定されるだろう。
日本の多くの自動車メーカーは米国向けの輸出のためにメキシコに工場を建設しているので、本当にメキシコに関税強化された場合は業績に打撃を受けることになるので、注意が必要だ。
実際に関税が強化された場合の影響について、単純に商品価格へ転化されて物価が上昇する懸念が出ている。物価上昇の場合は金利が高止まりしドル高になることを意味する。だが本当に関税強化によってインフレになるかは不透明である。理由は二つある。
第一に、実際に関税分物価が上昇したとして、その上昇分は企業の利益によってもたらされたもので無いので、恐らく賃金上昇以上に上昇することになる。つまり中央銀行による利上げに近い考えであるが、インフレによって経済活動が鈍り最終的にディスインフレ方向になる可能性がある。
第二に、関税によるインフレについては経済界から疑問の声が上がっている。
11月18日付のロイター通信によると、ECB理事会メンバーのナーゲル独連銀総裁は東京の会合の場で「トランプ次期大統領が計画する高関税は国際貿易に多大な影響をもたらすことが予想されるが、インフレへの影響は軽微にとどまる可能性がある」と述べた。この発言の論拠に、グローバルな統合が国内価格に与える影響は経済的に小さいとする実証的研究を引用し「影響の方向性については確信が持てるが、程度は小さいようだ。従って、インフレ圧力を顕著に上昇させるにはグローバルな統合を大幅に弱める必要がある。今のところ、そのような現象は見られない」と述べたという。
その上で、地理的経済的な分断でインフレ圧力が上昇しても、ECBやその他の中央銀行は金利上昇を通じてインフレを抑えることが可能だと述べたという。
上記から、関税によるインフレについてはやや過大評価されていると考えられるだろう。ドル円を考える上で、日銀の基本路線が追加利上げのスタンスであることも重要である。個別銘柄等のミクロの視点では重大ではあるが、マクロで考えた場合は影響は軽微かもしれない。
②規制緩和・財政支出抑制・化石燃料生産促進
トランプ氏は新設する「政府効率化省」のトップにイーロン・マスク氏とビベク・ラマスワミ氏を指名している。政府効率化省は「過剰な規制を撤廃、無駄な支出を削減、政府機関再編」を目的に設立される。共和党の政策綱領ではエネルギー生産や自動車産業に対する規制撤廃、無駄な連邦支出の削減が示されている。規制緩和と財政支出抑制することでより小さな政府を目指すということだろう。
一般にはトランプ政権によって財政赤字が拡大し、金利上昇に伴うドル高が想定されているが規制緩和と財政支出削減を実施するのであれば、思いの外財政は拡大されないことになる。過大に織り込まれていた場合は徐々に金利低下、ドル安方向に進むことになるだろう。
トランプ氏は石油について大統領選挙中に「掘って掘って掘りまくれ」と言及していた。上記の通りエネルギー生産規制撤廃等を通じて原油や天然ガス生産量が増加した場合は、エネルギー価格の下落を通じて物価は低下することになる。
トランプ氏はエネルギー長官にクリス・ライト氏を指名している。ライト氏は気候変動危機の否定論者であり化石燃料開発強化を主張している。この人事により米国のエネルギー政策が大きく変化する可能性が高い。
③減税
減税についてはトランプ氏の重要な経済政策の一つであることは間違いない。ただし、既に法人税は第一次トランプ政権時に「最高35%から一律21%」へ減税しており、下げ幅は限られるだろう。焦点は来年末に期限が切れる所得税減税等の時限立法だが、トリプルレッド下では延長される可能性が高い。民主党は法人税を28%まで引き上げることを主張していたり、時限立法の終了を主張していたので、比較的トランプ政権では財政赤字が拡大することになる。
一方で、あくまで民主党の主張と比較して財政赤字が拡大するだけの話であり、ほとんど現状維持になるだけなので現状から大幅に財政赤字が拡大するわけではない。
トランプ氏は第一次政権時では法人税を15%まで引き下げることを公約にしていた。この水準まで引き下げることが考えられるが、第一次政権時ほどのインパクトは無い。
【次期財務長官はベッセント氏】
トランプ氏は22日に投資家のスコット・ベッセント氏を次期財務長官に指名した。財務長官は経済金融関係の閣僚人事の中では最重要である。ベッセント氏の指名人事は他の閣僚人事に比べて穏当かつ伝統的とされる。イーロン・マスク氏が他の候補者を推している中で、当初から最有力とされていて実際に指名されたということは、ベッセント氏はトランプ氏から相当信任されている可能性が高い。
ベッセント氏は今回の大統領選挙から「米国が膨大な債務から脱し、経済成長する最後のチャンス」としてトランプに接近した。規制緩和と民間投資による実質経済成長率向上(と経済成長による歳入増加)、財政支出削減、石油増産の「3本の矢(3-3-3)」を提唱している。また、これらの政策によって利下げ可能な環境を作り出すとしている。
「3本の矢」と聞いて日本人はアベノミクス(或いは毛利元就)を連想する方が多いだろうが、ベッセント氏はアベノミクス時の円安で大儲けしており、大儲けしただけでなく故安倍首相のことを「敬服している」と過去発言している。アベノミクスは消費増税によって腰折れした印象が強いが、果たして米国ではどうなるだろうか。アベノミクスとは財政政策の点で若干異なるようである。
ベッセント氏は過去ソロス氏に師事しており、あの「ポンド売り」にも携わっている。現役のヘッジファンドマネージャーとしてウォール街に精通しているので、債券市場や株式市場にとって安心感がある人事である。上記の通り、ベッセント氏の主張は財政赤字を拡大するものでは無く、特にトランプ氏再選前後から大きく売り込まれている米国債は落ち着きを取り戻す可能性がある。
短期的には金利低下に伴うドル安、株高がある程度想定されるが、果たしてどうなるだろうか。
【まとめ 〜トランプラリー巻き戻しの可能性と日本株への影響〜】
次期トランプ政権の主要政策、閣僚人事を考えると、政策的には中長期的に金利低下とドル安、株高、原油安で進む可能性が高い。このまま米国経済が堅調に進み、共和党の政策が実現すれば、米国企業の業績も堅調に推移するはずである。現在のトランプラリーはやや過度の織り込みが進んでいると考えられ、主要閣僚人事が出揃ったこともあり、徐々に巻き戻される可能性がある。
政策実現性はトリプルレッドなので高いだろう。一方で、米国がこのまま順調に経済成長を続けた場合、インフレ再燃リスクが燻り続けることになる。その辺りはインフレ再燃リスクとの綱引きになると思われる。ただし、筆者は家計の過剰貯蓄やリベンジ消費、ゼロ金利といったコロナ後と現在では環境が大きく異なるので、インフレ再燃リスクはさほど大きくないと考える。とは言え、インフレ再燃への注目度は高い。
米国の株式市場はこのままトランプラリーが進行しても、あるいは巻き戻しが発生しても中長期的にはこのまま株高が続く可能性が高いと言えるだろう。今後も米国株は中長期的に魅力的な投資先であり続けることだろう。
日本株についてはやや複雑である。米株高は支援材料になるが、ドル安による円高は日経平均株価の上値を抑える可能性がある。
トランプ政権から、関税等の日本への要求が増えることも懸念材料である。他方で、米国の次期大統領と次期財務長官が日本の故安倍氏に好意的なことはもっけの幸いである。石破首相本人はともかくとして、現在の与党内に第二次安倍政権時の人材が多く残っている。また、米国的には対中政策を考える上で、日本は地政学的に重要な大国である。経済的に上手く立ち回ることは可能なはずである。
以上から、穏やかにトランプラリーが巻き戻され、徐々に円高に進行するものの、トランプ政権による日本への影響が軽微であり、米株高かつ景気が堅調に推移するのであれば、日本株も中長期的には穏やかな上昇を続けるのではないか。
ここで、第二次トランプ政権の政策と日本の現状から、日本の個別銘柄選別を簡単に考えてみたい。
中長期的には円高メリット株、原油安メリット株、内需株が有利になるのではないか。銀行株は過度の円高や国内景気後退にならない限り日銀の追加利上げが想定されるので、やや有利と考える。
EV関連銘柄は米国のエネルギー政策が大幅に転換する可能性が高く、逆風である。トヨタやホンダは欧米や中国メーカーと比較してEVへの転換を遅らせているので業績への影響は軽微である。ただし、自動車各社はメキシコへの関税強化によっては大きな影響を受ける可能性があり注意が必要である。
AI関連銘柄はエヌビディアの決算から、やはり需要は健在であり、業績は堅調に推移する可能性が高い。米国での規制緩和も支援材料である。
そして、とにかく今後は米国のインフレ再燃リスクに注目である。
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